報告 2022-08-10 (水)
2022年度 高山市長選挙 公開討論会 文字起こし
2022年8月10日(水)に開催された「2022年 高山市長選挙 公開討論会」において、各質問テーマに対する立候補予定者の回答を、全文文字起こしいたしました。
公平中立性を保持するため、お話された一言一句をそのまま文字起こししています。YouTubeの動画と合わせてご覧ください。
また敬称略とさせていただいておりますので、ご了承下さい。
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自己紹介・高山市の課題とビジョン (3分)
https://youtu.be/QBFjywhQ_Ls?t=1149
田中あきら:私のふるさとは飛騨高山です。南小、松中、斐高を卒業後、なぜ北欧のデンマークはなぜ世界有数の幸せの国と言われているんだろう、それならそこの言葉を学ぼうと大学の北欧文学科でデンマーク語を専攻しました。わりとちゃんと勉強したもんですから、デンマーク政府の奨学金を得て1年間デンマークへ留学しました。そこでデンマークの社会システム、世界各国からの若者に出会い、世界には様々な考え方、価値観がある、それを体感しました。それが私が物を考える上での基礎となっています。卒業後は世界と繋がりたくて、小さな総合商社に務めました。ベアリングから爪楊枝まで様々な物の輸入、輸出に携わり、社長から「英語が話せなきゃ給料はやらんぞ」と言われ、ほぼ毎日まじめに勉強を学びました結果、いまは英語がペラペラになっております。ただ、東京で暮らすうちにふるさと飛騨高山へ帰りたいという想いが強くなって、ふるさとに戻り縁があって高山市役所で働くこととなりました。市役所では企画部長を務めたのですが、海外戦略の担当が長かったということで、そのイメージが強いと言われています。逆にそういうイメージが着いたのならば本望です。実績が認められたと言うことですので。初めて管理職になったのと同時に久々野支所に赴任しました。その後、市全体の地域振興の責任者となって高山のいろいろな地域を訪問する内に、自らの時間を削ってでも地域の活動に真剣に携わる人達に出会いました。時に愛情をもって叱られ、激励され、そして地域の方から多くのことを学びました。学んだのは、地域に入ることの大切さ、市役所の役割は地域の方々の思いを正確に読み解き事業に反映すること。そして一番大切なのは、どんな事業でも一見直接の関係ないように思われる人達の生活や幸せにどう繋がっているのか最大限に想像しながら実行すること。そんな私のバックボーンはデンマークで学んだ幸せと、地域で学んだ地域振興です。私は飛騨高山で生まれ育ちました。土の匂い、風の音、祭の音、乗鞍の山並み、同級生と共に学んだ校舎、おじいちゃんおばあちゃんの温かさ。そうしたものが私に染みついております。力強い飛騨高山、優しい飛騨高山、心地良い飛騨高山。それが私が目指すまちづくりです。
東やすひろ:お疲れさまです。東康弘です。今日この場で皆さんにこうやってご挨拶できること大変ありがたく存じます。自己紹介をします。私、東康弘は高山市花里町出身、南保育園、三王小、日枝中、そして斐太高校に入学しました。斐太高校を卒業して東京大学に入学しました。で、東大に入学してショックを受けました。クラスメイトはみんな私より優秀。まさに雲の上という感じ。岐阜県で一番だったけど、それでもまだ普通。まさに井の中の蛙。でばっとってはだしかんなぁということを学びました。そんでも一生懸命勉強して、工学部で分析化学を学び、大学院を修了してNTTの研究所に入りました。NTTでは半導体をナノメートルオーダーで分析する技術を開発しました。学会から賞をもらい、京都大学から博士号を頂戴いたしました。その後、福島の復興に貢献しようと思いNTTを退社し、環境省が主管するJESCOという会社に入りました。JESCOでは福島第一原発の事故で汚染された土壌を中間貯蔵施設へ運ぶためのお仕事をさせていただきました。おかげさまで、この3月で大部分の土壌を運び終えることができました。そんな中、そんな仕事のさなか、昨年11月、私の母が亡くなりました。両親が亡くなって花里の家も空っぽになりましたが、私の心にも大きな穴が空きました。昨年母が亡くなるまで、私が母を介護し、最終的には東京に連れて行くことになりました。その間ずっと母は「高山に帰りてえ、高山に帰りてえ」とずっと言っていました。私が愛した高山、母が亡くなって、じゃあ私にとっての高山って何だろう、自問自答する日々が続きました。そして決心いたしました。高山に帰ろう。両親はもういないけど、私を育ててくれたふるさと高山に恩返しをやらなだしかん。高山市の課題、多くの課題がありますが、やはり人口減少の問題に行き着きます。高山の人口減少に歯止めをかけたい、そのためには高山市がより発展するように。(時間切れ)
益田大輔:元気ですか、精神的に。ということで益田大輔と申します。精神科医、そして産業医をやっております。僕は現在47歳です。福岡県福岡市出身で、高山には2001年に縁あって来まして、そこから精神科医として働いております。詳しい生い立ち等はですね、益田大輔と未来を作る会のYOUTUBEチャンネルを上げておりますので、幼少時代からの生い立ちビデオ、もし興味あれば拝見していただければと思います。2001年に高山日赤病院に赴任してから今は須田病院なんですけども、ウルトラメンタルクリニックであるとか、たかメンタルクリニック、また高山日赤病院のパートであるとかですね、そして飛騨子ども相談センター、またJA看護学校であるとか、周産期メンタルヘルス、ママさんのサポート等を精神医療の畑で、現場でやらせていただいています。前回、4年前なんですけども、やはり児童精神科の話があってですね、子ども達の特性とか発達、不登校でお悩みのお子さんの声をなかなかこの高山市で受け取れないということがあって、それでやっぱり子ども達の未来に投資できない街に、本当にその街の次世代に繋いでいく未来があるのかという想いがあって、前回の市長選ですね、立候補させていただいた経緯があります。高山市の課題というのはやはり今仰った通り、人口減少だと思うんですね。年間1,000人ほど人口が減っていると。人口が減るとやはり総所得が減るし、そうすると経済がしぼむし、そういうような循環の中で子ども達が高山に帰ってきたいと思っても帰ってくる場所がなかったり、帰って来たくても帰ってこれないというような社会構造では、なかなかこの高山の未来が活かせないんじゃないかとそう思ってます。そうしたことで前回は変えようと、一人ひとりの声が届く高山へと言うスローガンと、子どもの未来は高山の未来という形で活動していたわけなんですけれども、やはりその後ずっと4年間考える中で究極のビジョンって何だろうと、それはですね、やはりこの街で生きてて良かったと皆が思うような、この街で働いていてて良かった、この街に縁があって良かった、学べて良かった、生まれて良かったと、そう言うような街ができればと思ってます。やはり人は幸せを求めるんですね。幸せって言うのは、僕は精神科医なので、何から来るかというとありのままというかですね、自分らしく、言いたいことが言えて、やりたいことがやれる、挑戦できる、そういうようなワクワクする街が大事なんだと思います。挑戦すると失敗もあるかも知れません。でも失敗というのは大事なんですね。成功の反対は失敗ではなく、挑戦しないことだと思います。この街で生きてて良かったと皆が思う、そういう街をつくりたい。そのためには自分の想いが少しでも入っていくような、そういう高山の未来をつくりたい。そう強く思っています。ありがとうございます。
ふじえ久子:皆さまこんばんは。藤江久子です。私は昭和28年生まれの69歳、静岡県磐田市出身です。地元の高校を卒業した後、当時の岐阜大学医学部付属看護学校に入学、経済的に自立できる職業として看護師を目指しました。卒業と同時に結婚し子どもも生まれましたが、夫がまだ学生だったため院内の無認可の保育園に子どもを預けながら、看護師として2年半務めました。その後、夫が医師となり福島県いわき市に移住し、二人目の子どもがお腹にいたこともあり、看護師は退職し専業主婦となりました。昭和53年、今から44年前になりますが、夫が当時の丹生川村診療所に勤めることとなりまして、飛騨に移り住むこととなりました。程なく高山市内に家を建て、永住を決意し、子どもも3人になりましたが平成7年、環境問題や介護の問題をなんとかしなければならないという思いから市議会議員に立候補し、初当選することとなりました。一度、落選を経験しましたが、その後四期連続当選し平成29年には議長に就任いたしました。しかし平成31年をもって引退しました。また、平成12年に介護保険が始まりましたが、以後、介護事業所を立ち上げケアマネージャーとしても22年務めております。次に高山市の課題とビジョンについてですが、この課題というのが、この2年半コロナ禍となり人々の生活は激変しました。命の危険と隣り合わせの日々、仕事がなくなる、収入が減るなど生活への不安や困窮が長く続いています。しかし高山市は現状を課題をどう把握して、どう寄り添ってくれたのでしょうか。暮らしに困っている一般市民の声は聞いてくれたのでしょうか。少なくとも私にはそう見えませんでした。ですから大きな課題は、高山市政が市民の信頼を失ったことだと考えています。そしてこれからのビジョンはまず、市政に対する信頼を取り戻すことと考えます。市長も職員も現場に出向き、真の情報を丁寧に収集、そうすれば何をしたら良いのかが自ずと分かるはずです。市役所は頼りになるところと思っていただくことから始めなければならないと考えております。
A:新型コロナウイルス対策について (2分)
https://youtu.be/QBFjywhQ_Ls?t=1927
東やすひろ:はい、東です。コロナについては皆さんご不安のことと思います。昨日の新規陽性者数は161人でした。BA.5の重症化率はそれほど高くないと認識しています。しかし感染力が高く、陽性者数が爆発的に増えています。病床使用率が50%を超える状況が続いているというニュースも耳にいたします。コロナ対応だけでなく、一般診療にも多大な影響が出ています。緊急を要する手術など、必要な医療が必要なときに受けられないとなると問題は深刻ですよね。現在、岐阜県ではBA.5対策強化宣言を出しています。私はこの宣言に従って対応することが大事だと思っています。この宣言での主な対応策は三つ。まず一つ目、健康な市民の方は日頃の手洗い、マスク着用を徹底する。三密を避ける。二つ目、体調が悪いときは無理して仕事や学校には出ない。三つ目、症状が出たら配布された抗原検査キットで自分で検査する。それで陽性が出たら行政が設置する機関に登録する。このような対策を着実に実施し、いたずらに医療機関を受診しないことで、高齢者や基礎疾患のあるハイリスクの方への対応がしっかりなされ、医療逼迫が起きないようにすることができます。また、コロナに対する正確な情報をつかむことが大事です。私はこびナビという専門サイトから正確で新しい情報を得ています。皆さんも正確な情報を日々キャッチして、デマに踊らされたり、いたずらに不安になったりせず、安心な生活を送っていただきたいと思います。
益田大輔:はい、ありがとうございます。僕は医師なので、医師の立場からも考えてみたいと思います。新型コロナウィルスなんですけども、やはり適切な情報を適切に届けられるかどうかというのがポイントだと思うんですね。ワクチンの例えば接種状況であるとか接種情報とかですね。関連情報を集約して医療機関や保健所など、そういうスムーズに連携が可能なデジタルプラットフォーム、そういったものができると非常にアクセスが早くていいんじゃないかと思っています。当然、国や県の指示に従うというのが原則ではあるんですけど、今の第7波は全国全体的に動いているので同時なんですが、これまではちょっとタイムラグがあったり、地域性があったと思うんです。なのでこの高山で今どういう状況なのかっていうことを、しっかり発信することが大事なことだと思います。コロナウィルスっていうのはやはり2年前のコロナと今のコロナ、今BA.5の話がありましたけど、特性が全然違うんですね。なのでそういったことも含めてしっかり発信することが大事です。医師会であるとか、高山市の川尻先生であるとかですね、また高山日赤病院、久美愛厚生病院、須田病院とかいろんな所と連携してやることが大事ですし、二次的な医療の影響っていうのがやはり、今お話ありましたけど、当然あるんですね。僕の関係しているクリニックも前回ですね、濃厚接触者がスタッフで出た場合急に休まないといけないと、そうするとそこのその日にお薬をもらう人はじゃあどこでもらうんだと、そういったことも含めてしっかり情報発信できるといいと思いますし、その中でですねコロナっていうのは心の問題も大きいんですね。皆さんの不安で、言葉、そのスティグマとか差別、偏見の問題がやはり大きくなってます。そうしたことでいえば僕は精神科医ですので皆さんの不安を減らす、見通しが立たないとやはり不安になるんです、人はですね。そういった意味で言えば、そこをしっかりと精神科医としてもケアして発信していきたいと思っております。ありがとうございます。
ふじえ久子:コロナウィルスをどう捉えているかというご質問ですけど、この感染症のウィルスは毒性が強すぎれば寄生した母体が死んでしまうため、毒性を弱くして寄生した母体が活発に動き回って感染拡大をしていくという本質があります。感染力と毒性は反比例しているわけです。ですから、感染が拡大の一途をたどっていますが重症化率が下がってきたことを踏まえますと、以前から言われているようにインフルエンザと同等の感染症の第5類に引き下げても良いのではないかと考えています。今後の対策ですが、毒性が弱くなったからと言って感染症であることに間違いはありません。罹らないに越したことはありません。引き続き、感染症対策と結果が迅速に分かる検査体制が必要だと考えます。抗原検査キットも全戸無料配布が必要ではないでしょうか。また、企業にも検査キット購入の経済的支援が必要だと考えます。また、もし感染したときの対応として、病院や自宅待機の時はどうなるのか、丁寧な情報提供が必要だと考えます。さらにコロナが原因とした経済や暮らしへの影響に対策を講じなければなりません。会議を開催し、丁寧にアセスメント、何に困っているのか、どうすれば解決できるのかを協議します。その上でそして市長の専決ができるような体制を、議会にも特別委員会設置など協力を求めていくべきではないかと考えています。
田中あきら:コロナウイルスによる影響は大きく分けて三つあります。一つ目、新型コロナウイルスは伝染性が強いために瞬く間に全世界、国内に広がって、その感染の広がりを防ぐために人の交流や物流が極端に制限されて、経済・社会活動に大きな負の影響を与えていること。感染防止と経済のバランスを取ることは困難な疾患であるということですね。二つ目、コロナによって感染した人以外の、濃厚接触者に当たる人の行動も制限されて、要するに感染すると他の人にも迷惑をかけてしまうという意識が生まれまして、その捉え方によっては人の行動に対する考え方に分断が生じていること。三つ目、人の接触が制限される中にあっても社会、経済活動の継続をするために情報技術化を活用した遠隔型の就業形態であるとか、非接触型の行動への移行など生活様式、働き方、観光の形態などがこの1年という短期間で変わってきたことですね。対策です。一つ目の人の流れや物流については時間が掛かるかも知れませんが、感染が収まるにつれて徐々に収束することを期待しています。二つ目につきましては、次のテーマで一部に触れます。特に三つ目の人々の行動パターンが変わっていきつつあることについては、コロナ収束後もその傾向は続くと考えています。ただ、変わりつつある今をチャンスとして捉え、社会の様々な面においてAIや情報技術の導入を促して、コロナを逆手に取ったまちづくり、これが行政運営の柱の一つにするべきであると考えています。
B:ウィズコロナにおける高山市の観光産業について (2分)
https://youtu.be/QBFjywhQ_Ls?t=2414
益田大輔:はい、ありがとうございます。ウィズコロナというとですね、やはりコロナがあるわけですけども、コロナは勝手には移動しないんですね。となると、やはり人と共に動く。となるとですね、観光というのはやはり形が変わってくるところなんですね。インバウンドの需要が減ってしまって、また日本人観光客中心ということなんですけど、その中でもやはりコロナが流行っている流行っていないということで、移動に関しては先ほどの差別偏見もありましてなかなか上手いこといかないと。今、例えば観光客の動態も変わっていると言われています。例えばお土産を買わなかったり、団体では来れなかったり、カップル、夫婦、家族が増えたと言われています。そうした中で、コロナで観光地としてのあり方を一旦見直すキッカケになるんじゃないかと僕は思っています。足下の市民の生活と、また文化の継承をね、もう一度立て直した上で、観光をこれまでよりも質の高いものにして質的な上昇をしていくチャンス、大切な時期だと考えています。その中でですね、一回来られた方のリピートということに関しては、帰って通販で買うようなね、そういう動きもあるんです。なので実際の、このオンラインであるとかそういったことのバランスも大事ですし、その中でやはりデジタル化って非常に重要だと思っています。新しい高山の魅力を探すことも大事ですし、それにはやっぱり飛騨の大自然、これを活かした観光、例えば山岳、またはスノーリゾートとかね、こういったもの、自然っていうのは欲しくても他の観光地にはありません。僕は高山に来たときも、あの古い町並みというよりもスキー場とかにすごく魅力を惹かれたことを覚えています。ヘルスツーリズムをやってみたり、そういった形の中で大自然を活かした観光、そういった次の手を多層的に描いてですね、深みのある観光地に持っていくことが大事だと思います。日本全国的にはキャンプの聖地と言われていますし、そういった新しい試みをね、この機会に挑んでいければと思っています。ありがとうございます。
ふじえ久子:外国からの観光客、いわゆるインバウンドが激減したことが国際観光都市高山としてはとても痛いことに間違いはありません。現在は日本人観光客が戻りつつありますが、外国の方とは観光スタイルが違うため、土産物の売上やホテルの需要など以前とは大きく変わったものと思います。今後ウィズコロナの観光産業のあり方ですが、コロナ禍となり緊急事態宣言やまん延防止等があり、行動制限もされる中、市内観光や県内観光が推奨されてきました。考えてみますと、市民の方も県民の方もお客様に変わりはありません。コロナの世界中への感染拡大は大変な事態ではありますが、インバウンドに大きく依存しすぎた高山の観光のあり方を見直すキッカケになればと考えます。今こそ、市民が楽しめる観光のあり方を考えることが必要ではないでしょうか。従来から高山は、子どもを遊びに連れて行く場所がないと言われており、近場に楽しめるリゾートがありません。野遊びをやらせたいと思っても危険と隣り合わせであったり、気軽に行けるものではありません。しかし、森林や里山を整備し、知識に長けたスタッフを配置すれば立派な里山観光になり、支所地域の活性化、雇用の確保、リピーターの確保、滞在型観光、体験型観光の開発、そして何よりも市民の福祉の向上に繋がります。また子ども達にとっては、虫取りや木登り、川遊びなど総合学習の場としても活用できます。最近は民間の投資も活発だと聞いています。税金を使うことなく、観光資源を開発、しかも野外でもありウィズコロナにも最適ではないでしょうか。市民と共に享受できる観光のあり方を進めていくべきだと思います。
田中あきら:私は二つ。人々の意識への対応です。先ほど述べた人々の意識については、コロナによって安心、安全の重視、訪問する側と訪問者を受け入れる側、双方の感染防止の意識に加えて、観光と地域の生活の調和に対する意識が高まってくると考えています。つまり、観光客と住民、観光と生活、双方が相手を尊重してお互いが心地良く過ごせる、そういった取り組みが必要であると考えます。二つ目、コロナなどにも強い観光振興体制の強化。観光は裾野が広いです。地域の人材、資源、産業を有効に活用できる等の特徴を持っているんですね。しかし長年に渡って培われてきた地域の伝統文化や美しい景観、各種産品などと言った地域資源が必ずしも地域の活性化に十分に活かされていないという現状があります。ですから、コロナを契機に観光振興体制を強化する。様々な分野に関わる地域の方に参加してもらい、科学的な分析に基づく戦略の立案、明確なターゲティング、プロモーション、人材確保などを実行できる観光振興機構、いわゆるDMOと言われているものの強化の体制が必要になってくると思います。そしてそれを実行するために私は提案します。財源の確保のために、例えば宿泊税を導入して、来ていただく方に負担していただいてそれを地域の観光に還元していく。そうすることでコロナに強い観光振興、そういったものが確立できると考えております。
東やすひろ:今もありましたが、コロナ禍によって飛騨高山の観光産業が大打撃を受けていることは皆さんもご承知の通りです。特にインバウンド観光は大変厳しい状況であります。一方で街を歩くと日本人観光客の姿は見られるようになったと感じています。ただし、今後ba5の影響について注意していく必要があります。観光は大事です。言うまでもなく高山の基幹産業です。ba5の影響もあってインバウンド観光の立ち上がりが今後鈍いことも予想されることから、行政がまずは日本人観光客を招き入れるような対策を講じることが必要だと思います。現在、岐阜県には岐阜県民割ほっと一息ぎふの旅があります。コロナの先行きは不透明ですが、高山市としても国や県と歩調を合わせ、観光を振興する施策を講じ続けることが必要だと思います。同時に日本人向けの観光メニューをもっと魅力的にすることが大事だと思っています。高山市には豊かな自然があります。中部山岳国立公園に代表される美しい山、川があります。ついでに言うと、全域で見れば人口密度は低い。高山の街中の観光だけではなく、どうぞマスクを外していただいて自然を体験できるエコツーリズム、農業を体験できるグリーンツーリズム、こういった所に力を入れる。高山市の中心をハブとして支所部、周辺自治体を結ぶ観光メニューを充実させる。観光客に街中に泊まっていただいて、日中はいろんな所へ行っていろんな体験ができる。そのメニューを自分で好きなように組み合わせて観光することができる。高山観光カフェテリアプランを作ることが私の夢です。
C:高山市の経済と雇用について (2分)
https://youtu.be/QBFjywhQ_Ls?t=2920
ふじえ久子:高山は農産物や畜産は有名ですが、ロシアのウクライナ侵攻や原油高などで飼料代や肥料代が倍にもなったと聞いています。当面はその支援策が必要ですが、飛騨牛に代表される畜産業のあり方を考えれば休耕田などを活用した飼料用穀物作り等により、将来にわたり地産地消できる方向性が見いだされるものと考えます。また、自立をキーワードにすればグリーンエネルギーの開発も迅速に進める必要があるのではないかと考えます。また、若者を中心とした市民の雇用をいかに確保し産業を活性化させるのかにつきましては、地元出身の若者が地元に残ればやがて結婚し、子どもが生まれ家族を増やしてくれます。そしていずれは、支援が必要になる親の介護にも力を発揮してもらえますから、高山にとって大きな人的な資源です。あるいは高山が好きだからと移住してくださる若者も貴重な存在です。では、どうしたら多くの若者が高山を選んでくれるのでしょうか。医療、福祉、教育の充実ではないでしょうか。安心して医療が受けられ、もし障がいを持っても人間らしく暮らしていけるサポートがあり、飛騨の自然を活かした総合学習の場があれば人は増えます。住みやすい高山をつくることが人を増やし、消費も生まれ、産業を活性化させるものだと考えます。
田中あきら:まず最初に力を入れるポイント。まあそれぞれ課題はございますけども、特にテコ入れが急務であるのが、高齢化や担い手不足が生産に直接影響を与える農林畜産業です。私は農林畜産業において最強の産地、産品の創出を目指して、農林畜産業に重視するなら飛騨高山、の地位を確立することに挑戦する価値はあると思っています。雇用、雇用というものは経済状況に大きく左右されます。経済状況は国内外の情勢に左右され、また、コロナ感染とか通貨の変動によって劇的に変化していくものなので、そうした現象に正面から立ち向かうのは現実的ではないです。市としてですね。私は大上段に市の産業の活性化と構えて大風呂敷を広げるのではなく、市役所ができることを着実に進めることが大切であると考えてます。特に若者の雇用について、一つ支援、例えば大学の奨学金返済支援、創業支援は復活させる。特に若者が創業するに当たって様々な登録をするための行政手続きを支援するなど、これまで比較的薄かった個々の若者のやりがいを引き出す政策は必要です。二つ目、若者の雇用環境の整備。情報通信技術の導入を大胆に推し進めて、若者が高山にいながら都市部の会社でも働けるような環境を整備することが、若者の働く場の選択肢を広げる有効な策であると考えています。もう一つ、高山には若者文化を支える仕組みはありません。ガンガンにバンド練習ができるとか、どんなこともしてみたいとか、そういった若者の強い気持ちを強く市がバックアップすることで、働くこととは別にワクワク感を持ってもらえるような取り組みは絶対に必要です。
東やすひろ:はい。桃農家をやっている国府のいとこから桃をもらって今朝食べてきました。この時期すごく美味しいですよね。でも東京では手に入りませんでした。農作物にしても家具にしても都市部に物を売っていかないといけません。特に人口の多い東京とその周辺がターゲットです。私も東京にいたときは、近所のスーパーで飛騨ほうれん草をよく買っていました。飛騨高山は観光地としては有名だけど、何県にあるのかそもそも知らない。ほうれん草や家具と結びついてないことも多い。ですのでもっと飛騨高山ブランドの発信を強化していく必要があると思います。それには、例えば高山市の東京事務所さんは、飛騨高山ブランドの発信に大変な努力をされています。京王電鉄さんのような都市部の企業との連携を強める活動も行ってらっしゃいます。このような活動が広がることを願っています。農産物について言えば実力がありながら全国区ではない名産品、例えば最初に申し上げた桃ですね。飛騨の桃、これをもっと都会の人に食べてもらいたいと思っています。若者の就業の前提ですが、UIJターンの促進が不可欠だと思っています。東京の有楽町には富山県の仕事支援センターがあり、ここがすごく熱心で、富山県の会社の人とオンラインで話をする機会を何度も設けてくれたりして、私も実際に話をして富山で働いてみようかなと思ったくらいです。これで同じようなことも高山でやるのが望ましいでしょう。高山は水も空気もきれいです。都会の若者には田舎で仕事をしたいという人もいるでしょう。そのキッカケを高山市がつくって、新たな就農、新たな就業を促すようなスモールオフィス、リモートオフィスといった定住に向けたサポートを並行してやっていくことが必要だと思います。
益田大輔:はい、ありがとうございます。少し発想を変えてですね、若者を中心とした市民の雇用をいかに確保しってことなんですけども、そもそも若者がいない状況の中で、若者を地域に引き寄せるところからスタートしないといけないという現状があるわけなんですね。その中でいかに企業、スタートアップ支援をしていくかとか、若者を例えば、雇用する企業に支援するとかね、そういった発想が必要かと思います。で、今中心市街地と支所地域って結構その格差が生まれてるっていうんです。で、そうなるとですね、この高山と言えば人口減少の問題もありましたけども、地域課題があふれてるんですね。この地域課題を、例えばデジタルと掛け合わせて、そして何か雇用を生んでいく、産業を生んでいく、そして産業構造を多角化していくっていうことが大事だと思います。今日僕は今朝ですね、東京大学のITチームの方とばったり会ってですね、会でですね、いろいろ話を聞いたところ半年前から高山に来たときに、社員旅行で来てですねすごく気に入ったと、それでワーケーションを1ヶ月に1回やってるんだという話をしてました。で、どういう仕事をしているかというと、介護とデジタルを掛け合わせて予防医学をやろうと、そしてその中で僕も医師ですのでいろいろ話が盛り上がってきたんですけど、そういう風な志の青年って結構いらっしゃるんです。ですので、そうした機会をしっかりと獲得して、そしてそのノウハウをこの街に落としながら、またその地元の企業とそこで組んでですね、また支所地域と組んでそういった形が、活動ができると非常にいいのではないかと思います。何で彼がここでやろうと思ったかと言うとね、ご飯が美味しいと、お酒も好きだし。こんなにいいとこないと。いろんな街を回ったそうなんです。でも、こことタイでやりたいと言う話をしてました。その彼の熱い想いもね、含めてそういう魅力のある街なんです。なのでこの、今ある資源を使うことで産業は生み出せます。ありがとうございます。
D:福祉とダイバーシティについて (2分)
https://youtu.be/QBFjywhQ_Ls?t=3416
田中あきら:高齢化社会への対応については3つあります。一つ、人手不足解消。例えば、市外から人材確保のために資格のある方が、介護のですね、高山に移り住む動機付けとなる支援、例えば家賃支援の上乗せ、考える必要はあるかと思います。二つ目、能動的なサービスの提供、子育てのテーマでもお話ししますけども、助けが必要なのに助けを求められない人にも手が届けられるという視点ではこれまで弱い部分がありました。これは改善するべきです。三つ目、遠隔地での医療提供。遠隔地での医療提供の対応として、長野県の伊那市で実証が行われていますけども、看護師と患者が診療車で対面して、医師が遠隔で診療を行う。移動診療車の導入は高山においても検討に値します。次はダイバーシティ、多様性について。これは一つです。多数の価値観で少数の選択肢を奪わない。デンマークでの経験を皮切りに、これまで世界中の様々な価値観を持った人と接して来た中で、私自身の中で培って来た考えがあります。多様性は社会や組織の力。逆に言うと、多様性のないあるいは多様性を蔑ろにする社会や組織は衰退していきます。少数であっても様々な価値観があるからこそ活発な議論が生まれ、社会や組織は活発化していきます。まず、自らと異なる人や考えがあることを認識する。その上でそうした人たちと接する。LGBTQ、夫婦別姓、障がいなど少数とされている人たちの生活や人生における生活を、選択を尊重し、その生き方をできる限り保証する。つまり、多数の価値観で少数の選択肢を奪わない。こうした考え方はこれからの行政には必要であると考えています。
東やすひろ:私の母が亡くなってからまだ1年経っておりません。ケアマネさんも大変親身になってくれました。が、結局私がしばらくは高山で、最後は東京で介護をいたしました。母の最後を高山ではなく東京で迎えることになったのは今でも残念です。私に限らず、私たちの年代は高齢の親を持ち、介護に追われがちな状況です。高山市の要支援・要介護の認定者数は6,000人弱です。これに対して、ケアマネさんは140人あまり。一人が40人以上を担当されている計算です。一人で40人以上を受け持つって多すぎますよね。高山市老人福祉計画第8期介護保険事業計画の130ページに、ケアマネさんたちの声として全支所域で訪問介護サービスが不足していると記載されています。しかし、残念ながらヘルパー事業所の数が増えているとは聞いていません。私の経験とも重なりますが、介護における市民のお困りごとを聞いて解決していく必要がまだまだあると思ってます。次にダイバーシティです。多様な人たちによって社会をつくる考え方に、インクルージョンがあります。インクルージョンは性別、障がい、国籍、人種の違いのほかさらに年齢、学歴、資格、信教、趣味、ライフスタイル、さらには体格、ありとあらゆる違いが含まれています。どのような違いであっても互いに認め合い、尊重し合うことで社会の中で自由に働くことができる、自由なアイデアを制限しない、社会に参加している実感が得られる、円滑なコミュニケーションが生まれる、結果その社会の発展に繋がっていくという効果が期待できます。高山市においても男女格差をなくし、外国人や障がい者の社会参加を助けるなど、ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みを進めるべきだと思います。
益田大輔:はい、ありがとうございます。高齢化が進むとやはり認知症が増えてくるわけなんですね。人生100年時代ということもありまして、ただですね認知症というのは病気では本当はないんです。老化現象なんですね。そうした中で、この長い人生をいかに楽しく快適にということで言うと、やはり健康寿命の話が出てくると思うんですね。また、そのケアする人のケアとか、こういった概念も考えないといけません。そうした中で、認知症フレンドリー社会を作ろうとかね、地域共生社会を作ろう、そういう動きがあるんです。ただ、あと約5年で高齢化が頭打ちするという事実もあります。そうした中で、みんなでいかに予防していくかということがあります。先ほどのデジタルと介護の話もありましたけど、そうしたことで少し事前に情報をもう少し網羅的に、高山は広いですから、取れるような形を取ると医療につながる前の段階でカバーできることがあるかもしれません。また、孤独の問題もこれから、世界的にも課題となっています。そうしたところで社会的処方と言う言葉があって、これは処方というとお薬のイメージがあるかもしれませんが、人とか制度とか、活動とかを処方する動きがあるんですね。文化的処方、文化・芸術に触れることで認知症の予防につながるような話もあります。ダイバーシティに関しては、僕は精神科なのでまさにこのテーマでずっと活動しています。一人ひとりはみんな違うんですけど、自分の中に実はマイノリティ性って、少数性ってあるんですね。少数性、マイノリティの課題を解決すると、マジョリティも実は助かるんです。そういう意味で言えば、情報発信をして交流をして、意識を徐々に変えて、多様性が当たり前、だからこそこの街が豊かになる。そういう発想の中で街をつくっていくのが、これからの未来志向のまちづくりだと思っています。ありがとうございます。
ふじえ久子:現在、高山市は3人に一人が65歳以上の高齢者となっています。今、私自身がその渦中にあり、どうしたらこれからの自分は幸せになれるのかと考えています。高齢者施設の不足と言うのがよく分かりません。高齢者問題は、施設をいっぱい作れば良いということでもありません。施設をつくれば税金も使われますし、介護保険料も上がります。働く人材も欠乏しています。人生100年時代といわれる中、最後までできるだけ元気に、自立して生きていく。これが目標です。そのためには、身体の機能と認知機能を維持していかなければなりません。そのために、60歳から身近にリハビリができる。例えば、公民館のようなところにリハビリ機器と理学療法士の指導が受けられる体制があれば、確実に筋力は維持されます。そして仕事をリタイアすると人との関わりが減り、認知も進むことが心配されますが、毎日出かけるところがあって、スマホの使い方や市役所からの難しい文章を解説してくれるなどサポート体制があれば毎日が楽しく、情報難民になることもありません。そのような場を作る必要を感じています。アイデアはいっぱいありますが、今日は時間の関係でここまでとします。ダイバーシティについて、言うは易し行うは難しです。分かりやすくダイバーシティとはと今言うのであれば、選挙で応援したい人を自由に応援できる高山市です。こうなれば少しでも近づいたと言えるのでしょう。集団で当たり前を押し付ける行為を同調圧力と言いますが、学校でも教えていただきたいものです。当然、女性の参画も迅速に進めるべきだと考えます。いつまでも変わらなければ若者は高山に残らない。以上です。
E:子育て支援と教育について (2分)
https://youtu.be/QBFjywhQ_Ls?t=3933
東やすひろ:子育てって大変ですよね。私もやっとのことで2人の娘を育てあげました。東京では待機児童の問題があります。それに比べると高山は恵まれていて、希望すれば保育園に入れます。じいちゃんばあちゃんが子どもを見てくれるというケースもあるでしょう。子育てにはとっても良い環境だと思います。私はむしろ働いてるパパママが子育てに奮闘してる際のストレスの方に着目しています。同じ様な状況や経験を持つパパやママが、SNSなどを介して情報を共有し、気持ちに共感する仕組みを作り、支援につなげることが大事だと思っています。次に新しい教育のあり方についてです。私がいたNTT研究所からは多くの大学教授が輩出されています。私自身も大学で教鞭を取っています。これからの教育はこれまでの若い方だけの教育はもちろん大事なんですけれども、社会人になってからの学びのニーズ、あるいは主婦になってからもう一回学びたいというニーズ、歳をとってから好奇心に応じて学びたいというニーズに応える必要があると思っています。実際、私が聞いた東京通信大学加藤泰久教授の話によれば、全国津々浦々から、東京通信大学の情報マネジメント学部の通信教育を受けているのはなんと2,500人、その内なんと7割以上は社会人ということでした。元々専門が違っていた人達が仕事の上でICTを学ぶ必要が高まったので、こぞって通信教育を受けたりしています。また卒業すれば4年制大学の卒業資格が得られ、その後のステップアップに繋がるとも聞いています。こういった大学と連携して、高山に居ながら新たな学びの機会を提供することが今後ますます必要だと思ってます。高山と東大とを教育連携すること、これが私の夢です。
益田大輔:はい、ありがとうございます。子どもを産み育てやすく安心して子育てができる環境がないと、人は残りません。ですので、ここ非常に重要なことなんだと思います。教育がない街は選ばれません。そういうことで言えば、しっかりとその子どもを産み育てやすく、そういう親がまず安心できるそういうまちづくりが大事ですし、乳幼児教育から産後ケアですね、また育児期のママの支援をいかに充実するかが大事なんです。今、どうやって子育てしていいか分からないということが先日児童センター等々で行って、僕も子ども相談センターも行ってますので、そういう話が多いです。人はですね、やっぱり見通しが立たないとやっぱり不安になるんですね。となれば、医学的見地の中でどういう発達なのかとか、今この状態で良いのかどうかとか、そういったものの情報共有、また小児科であったり児童精神科医であったり、そういう部分のきめ細やかな支援が大事だと思います。子どもが減っている少子化ですからそれを逆手に取ると、丁寧な教育を進めていけば都会の教育度を勝ることも可能だと思っています。人生100年時代、今の15歳の50%はなんと、107歳まで生きるというデータがあるんですね。そういう意味で言えばこれからの教育、非常に重要なんです。20年では済みません。一生の中で教育を補充していくような大人の教育、これ非常に重要です。子どもたちには課題を解決できる人材を育成する。するとこの地域の課題解決が産業を生み出す訳ですね。そうしたことを教育委員会と一体となって、高山で育てた方が圧倒的にいいよと、言われるような街にしてしまえば人は集まってきます。またギフテッド教育ね。この浮きこぼれと言いますけど、才能が豊か過ぎて学校教育に合わない方も結構いらっしゃるんです。そうしたことも踏まえて、きめ細やかな教育、多様な学習の場を用意して、学校機関にアクセスしたり、そういう活動をしたいと思っております。ありがとうございます。
ふじえ久子:子どもは社会の宝と言いながら、子どもへの責任はまだまだ親にあると言う考え方が強いと思います。もちろん親の責任は大きいですが、社会が担うべき責任も大きくなっています。せめてコロナ禍で痛んだ家計に経済的な支援ができないかと考えます。小中学校の給食費、高校生までの医療費は無料化にするべきと考えます。また固定的な男女の役割については解消していく必要があります。私の子育ては、男の子には家事ができる男子は素敵な女性と結婚できるよ。女の子には経済的な自立のために勉強しなさい。と言って育てました。現在は3人とも仕事をしながら家庭を持ち自立しています。女も男も生活の自立と経済的な自立の教育が必要だと思います。それが幸せな子育ての基本になるのではないでしょうか。教育について、4年制大学の創設は地元の若者が大学に行く機会が広がること、大学の知見が身近にあることなど、メリットも大変大きいと感じています。全てがスマホ一つでできる中、心はどう育っていくのでしょうか。心配もされます。教育の中で体験型を総合学習の中に入れていくことが大事だと考えています。
田中あきら:私も子ども3人を育てました。子育ての楽しさ、大変さは一通り経験してますし、最近は子育て中の娘とも話をする機会がありますので、それも踏まえてお話します。子育てについては、高山市の個々の取り組みは他の地域のものに比べて劣っているということは必ずしもないんです。なぜ安心して子育てができる環境づくりがずっとテーマになるのか、二つあると思います。要因は。寄り添う姿勢で接する。子育ては大変です。やんちゃな子どもと同時に時には孤独の中で対峙しなければならず、疎外感を感じて一人で煮詰まり、助けを求めることすらできなくなる。こうした時に、待ちの姿勢ではなく行政はここにいるからね、一緒にいるんだよと、能動的に寄り添い安心感を与える姿勢が足りなかったのではないかと感じております。また、市の他の取り組みの中に子育ての視点が欠けている。普通の生活の中でちょっと何か足りないな、っていう感覚を持ってしまうんですね。こういったことは大いに改善すべきです。学校教育について一つ。教育環境の提供です。教育を提供するのは現場の教員の皆さんです。時代に即した様々な内容が教育の中に盛り込まれています。教育の独自性は尊重すべきです。首長部局は、教員の皆さんが臆することなく独自性が発揮できるようなきめ細かな教材の提供、教育環境の改善といった面に力を注ぐことに徹するべきです。そこには効率性や、効果を求める行政のものさしを持ち込まない。それは大切です。そして端的に、学校給食の質の改善。医療費の高等学校までの無料化。取り組んでみる価値はあります。
・締めの言葉(+立候補予定者の考える最重要課題について)(3分)
https://youtu.be/QBFjywhQ_Ls?t=4405
益田大輔:はい、ありがとうございます。今日は貴重な機会をいただきまして大変勉強になりました。ありがとうございます。僕はですね、本当に医師としてこの街にいかに貢献するかと思っています。前回の時はトップセールスで医師を呼びたいと、この街に実際循環器内科の先生がいなくなるような事態がありましたので、そうしたことがないようにということで活動していました。その中で今回ですね、公開討論会を踏まえて、なんで僕が4年前も含めてこの選挙に挑戦しようと思うのか自分で分析してみたんですね。精神科医だし、よそ者だし、その中でやっぱりこの街が好きなんですね。僕は2001年にこの街に来てから、本当に最初は誰一人知り合いもいない、そういった中でした。その中でいろんな声かけをしてもらって、そして食べ物も美味しいし、文化度も高いし、この街が気に入ってですね、そしてこの街の精神医療を支えたいと思って活動していました。22年間の中で、もともと「1年間だけいてくれ」って言われたものですから、途中でどこかに行くチャンスというかね、機会はあったんですけども、いやもう少し、まあなかなか医師も少ない地域ですし何か貢献できないかっていう中で、精神医療の課題の答えっていうのは精神医療の外にあると思っていろんなまちづくりの活動をしたんです。そうすると、この街が好きでいろんな課題を解決しようっていう団体の方っていうのは結構よそ者が多いんですね。大阪から来ました、東京から来ましたとか。そういった中で「あ、こういう想いの人はいっぱいいるんだ」と。で、この街みんなが言うのはですね「この街もったいない」と思うんですね。すごくいいところがあるのにそれがなかなか活かされていない。これ何でかというと、やはりどうしても変われない、変わりたいけど変われないというような文化というか、そういう心というかそういったものがあるんだと思います。で、僕は精神科医です。人を治すのと社会を治すのはある意味本質的に一緒の部分があるかと思っています。まず話を聞いて観察して、そして語られない声を聞いて、そしてチームを組んで挑戦する。そういった想いが大事なんだと思います。で、この街で生まれて良かったであるとか、この街で生きてきて本当に良かったと思うような街をつくりたいというのが前提にあります。その中では、過去の延長に未来があるのかということがすごく重要だと思うんですね。これからは予測がつかない時代、VUCAの時代と言いますけど、変動性が高い時代の中でこれまでの常識が通用しないと言われている。その中でいかに自分の声ね、自分の想いがこの街に伝わって、そして誰かが決める街ではなくて、皆が決める、そう言うような文化ができれば、またよそ者と地元のコラボというかね、この間が豊かになっていけば、必ずこの街の未来は明るいと思っています。そして次の世代に繋いで、長く長く続く心豊かな高山をつくっていきたいと思っています。それを4年前からここで誓っております。ありがとうございます。
ふじえ久子:私にとって最後に残る課題はやはり、障がい児の親亡き後のことです。議員時代、障がい児者のケアシステムを構築しますと言って5期目に立候補いたしました。その後、飛騨市に子ども心クリニックが開設され、高山の発達障害や不登校、緘黙、不眠症や学習障害などの症状を持った子ども達が通院をしています。患者総数に占める高山市の子どもは53%です。しかし高山市からは財政的支援は一切ありません。これまでも議会等でも取り上げましたが、予算が付くことはありませんでした。飛騨市ではこのクリニックを活用し、学校との連携で成果を上げているようですが、高山市はそうしたことがなく親御さんも不満に思っているとお聞きしています。また高山市では、障がいを持ったお子さんが通う放課後等デイサービスに利用回数の制限が掛かったと聞いています。行政はいったい何のためにあるのでしょうか。大きな疑問を抱かずにはいられません。今後は課題に対し果敢に取り組み、寄り添う姿勢を大事にする行政であるべきだと考えます。また、給与だけ比較しても市の職員600万円に対し、民間の年収は400万円との数字があります。官民の格差も縮めていかなければならないと考えます。本日は私の考えの一端を聞いていただきました。すぐにでも取り組まなければいけない課題がたくさんあると考えます。皆さんと共に歩んでいけたらと思います。本日は誠にありがとうございます。
田中あきら:市政運営において大切にすべきことは6つあると考えています。6つです。飛騨高山らしさにこだわる。行政は国などが示す方向性だとか、一時の流行や現象などに全て応えなければいけないと考えてしまうんですね。ほかがやっているからやらなければならないとの呪縛に陥る。行政の悲しい性です。それを打ち破る。一時の流行や現象に右往左往することなく、飛騨高山らしさを貫く。そうでないものにはなびかない。二つ目、コロナ禍で受けた傷を癒す。コロナは社会の至るところを傷つけています。経済や生活、その傷を癒すことを優先する。三つ目、有事に強い街をつくる。自然災害、感染などから命を守ることを最優先する。四つ目、苦手なことは得意な人に任せる。とくに経済活動が伴う観光振興やブランド推進、行政が苦手な文化振興は例えば、観光や文化振興団体に大胆に委ねる。丸投げするのではなくて方向性を共有し、その分野で得意な人に任せる方が実績は残ります。五番目、AIや情報通信技術をあらゆる社会の側面に導入する。福祉、医療、働き方、移住、教育、観光、農林、畜産業などを進めるにあたって、AIや情報通信技術の活用を推し進める。また、あえてコンパクトシティは目指さないことに挑戦する。技術を活用して、いつまでも住み続けられる地域を目指す。最後、市の職員のみなさんと共に働く。市の職員のみなさんと想いを共有して、市民のみなさんのために能力を発揮できるような市役所文化をつくる。コロナ感染がまだ収まらない中、行政のトップが交代するという危機的な状況だと私は感じています。その中においても、道路や上下水道などのインフラ整備、福祉、医療、子育て支援、教育、農林畜産業、観光文化など、みなさんの暮らしを停滞させることなく、着実に行政を繋いでいかなければならない。行政のトップは自分のやりたいことを掲げるだけではダメなんです。そんなものはほんの一部です。ほとんどが日々、幅広い分野の行政課題を解決し、決断し、実行すると言う実務能力が求められます。それを私は体感しております。私には自らが思い描いた行政運営のビジョンがあります。國島市政をそのまま継ぐのか?NOです。納得する部分はしっかりと継ぎますが、そうでない部分は大胆に手を加える必要性を感じています。今、それらを実行できるリーダーを選ぼうとしています。民間で経験があり、行政の仕組みを知っていて、実績を残し、国や県とのパイプを維持し、市の職員のみなさんと繋がりがあることは私は大きなアドバンテージであると考えます。
東やすひろ:私の政治信条の一つとして、デジタル山の都構想の推進を掲げています。先ほど、教育におけるICTの活用について述べましたが、ICT活用やデジタル化は行政にとっても待ったなしの状況であると思っています。とくにコロナ禍においては行政の仕事は膨大になっており、市の職員の皆さまは大変疲弊していると聞いています。また、高山市は日本一広い市で、山の都と言うように山間部がほとんどであり、今後の住民生活を支える上でもICT活用・デジタル化はなくてはならないものだと思っています。高山のどこにいてもデジタル活用で、暮らしの便利や快適を享受できる環境づくり。例えば近い将来、山間部の集落にドローンでお薬やワクチンを届けるということもできると思います。ほかにも、市役所デジタル化の推進。定型業務はなるべくデジタル化する。その分、市民が困っていることに対して相談する不定型業務に職員が関われる環境や時間を増やすこともできるでしょう。そのためには、デジタル化の中心となる専門性を持った外部の人材を全国から公募して登用する。デジタル化を実施する職員の育成を進め、裾野を広げる。そういうことが大事だと思っています。最後になりますが、東京から帰ってきて感じたこと。私の愛する高山は、良くも悪くも昔からあまり変わっていないと感じています。なぜか?それは変わろうと思った人がいても、昔からのしがらみがあって変わることができなかった。そうなんじゃないか。高山市の今の人口は 84,000人、2045年には63,000人になる推計もあります。みなさんが現状維持のつもりでも高山はジリ貧になっていきます。私は政治信条として、しがらみのない、市民ひとりひとりが自由に意見を言える、やすらぎとひろがりのあるまちに高山市がなっていくことを切に望んでいます。ありがとうございました。
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上記、文字起こしやYouTubeの動画、また公開討論会の全般に関して、お気付きの点やご意見などございましたら下記までご連絡をお願いいたします。
【担当者連絡先】
一般社団法人高山青年会議所
市民の政治関心を高める委員会
委員長 丸山純平
TEL:090-3457-3142(丸山)
MAIL:takayama.youth.voice@gmail.com